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たつの市で赤トンボを増やそうという活動グループの活動状況を紹介しています。

平成23年度活動報告&講演会

2月5日(日)13時30分より平成23年度活動報告&講演会を開催しました。
今回の講演の講師は、石川県立大学環境科学科の上田哲行教授です。
前日の4日に石川県からお出で頂き、当会のアキアカネ飼育施設にご案内しました。
本竜野で先生をお迎えし、14時に揖西町中垣内のトンボ池をご案内しました。
ここでは1匹羽化した飼育カゴを見て頂きました。
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次に、新宮町篠首の鎌尾さん宅のヤゴの飼育装置と山すその飼育カゴを見て頂きました。この飼育カゴでは
3匹羽化した実績のあるカゴです。
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その次は下笹の飼育していた池をご案内しました。
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その後は、特に先生は龍野は初めて来られたということでしたので、せっかくの機会ですから三木露風の
ゆかりの場所を見て頂くことにしました。まず、三木露風の菩提寺で筆塚のある如来寺をご案内しました。 
筆塚をご覧になった後、如来寺の涅槃図(ねはんず)をご覧になり、“ここにトンボが描いてありますね”
と言われ、ナルホド!と初めて気がつきました。(ご案内している立場なのに初めて気がついてちょっと恥
ずかしくなりました)
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その後三木露風の生家をご案内しました。ただ、ここはまだ公開されていないので、外から見て頂くだけで
した。そして露風が7歳以降預けられていたおじいさん(初代龍野町長)の家の跡をご覧頂きました。
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次は、野見宿禰(のみのすくね)神社の下の展望台です。この場所は、母を恋う三木露風が一人登って彼方
を見つめていたと右の写真のプレートに書かれています。
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翌日も午前中は多少時間がありましたので、童謡小路、露風像・歌碑、聚遠亭、龍野神社、藩屋敷、霞城館
等をご案内しました。(スペースの関係で割愛します)

さて、活動報告&講演会は、初めにたつの市田口隆弘副市長にご挨拶を頂いた後、小生(前田)から今年度
の活動報告をさせて頂きました。(その内容はすでにこのHPに出ている内容が主ですので割愛します)
その後上田哲行教授に講演して頂きましたが、その骨子の概要(抜粋)を下に書きました。

1,アキアカネ減少の原因について
 1)アキアカネが減ったという場合、いつ頃から、どの程度減ったか、また全国的な傾向か、地域的なも
   のかなど、減り方の特徴を把握しないと原因は突き止められない。しかし、その手がかりになるよう
   なデータはほとんどない。ただ、たまたま別の目的で私自身が石川県で20年前に調査していた結果や
   全国のトンボ研究者に印象を聞いた結果から2000年頃から急激な減少が始まったらしいこと、また石
   川県では1/100かそれ以上に減少していることがわかってきた。

 2)このようなアキアカネの減少パターンの特徴を考えると、良くいわれる米の作付面積の減少やほ場整
   備(乾田化)による減少とは考えにくい。それらの要因は、減少の程度が小さかったり、変化が緩や
   かであったりするからである。少なくとも近年の急激な減少を引き起こした要因ではないだろう。

 3)もっとも可能性が高いのは、箱処理剤といわれる田植え時に使用される農薬である。1993年からアド
   マイヤーという殺虫剤が使われ始め、その後、フィプロニルが入った殺虫剤が多く使われだした。その
   頃から急激にアキアカネが減り始めたようだ。

 4)箱処理剤は、イネの加害昆虫だけを殺し、飛散しないので環境にやさしいということで登場した。ま
   た省力化という点でもメリットがあるため、急激に普及している。

 5)問題となる殺虫剤の流通量、その農薬を使用した場合のアキアカネ幼虫の生存率から、都道府県単位
   でアキアカネの減少率を計算することが出来る。北陸4県でそのようにして求めたアキアカネ個体数の
   推定値と、実際の個体数のセンサス結果を比較したところかなりよく一致した。同じ計算を兵庫県に
   ついて行うと、1990年のおよそ1/50000になっているという結果になる。
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 6)農薬は、製薬会社が莫大なお金を使って開発し、農家も害虫は大きな問題だ。だから農薬を原因と断
   言するのは難しい問題だ。だから他の要因も考えないといけないと言われている。最初に挙げたよう
   ないろんな要因が考えられ、結論はあいまいなことになってしまう。どれがどれだけ影響を与えてい
   るかを定量的に評価しないといけないが、それは非常に難しいことだ。

 7)何十枚もの田んぼを個別にずっと継続的に調査しているが、なかなか大変なことだ。何十枚調べても
   局地的な結果であり、同じ地域でも農家1軒ずつ作り方が違う。結局、広域的に具体的なデータの調査
   に基づいて様々な要因の影響評価を行うことは不可能だと考えている。そのようなことから、1匹がど
   れだけ卵を産むのかから始めて、農薬や中干しの影響等を組み込んだ数理モデルの計算をしているが、
   どういう条件でやっても農薬の影響がかなり強く出ている。やはり、農薬の影響が大きいと言わざる
   を得ない。

2,文化的課題について~アカトンボを守る意義
  1)私はアカトンボと人の関わりについての研究も行っているため、たつの市に来るのは夢だった。
    アカトンボが大切な生きものであるということは、三木露風の出身地であるたつの市の人々にとって
    はごく自然に受け止められていると思う。たつの市に来られた観光客がアカトンボがいないとおっし
    ゃったということだが、やはりそれは一種の“裏切り“かもしれないと思う。アカトンボがいるたつの市
    を観光客の皆さんに見せてあげないといけないのではないか。たつの市を除けば、アカトンボは別
    にいなくても困らないだろう。しかし、たかがトンボかもしれないが、されどトンボでもある。そういう
    お話しを少ししたい。

  2)ある時から、アカトンボは、単なる「虫」ではなく、一つの「風景」ではないかと考えるようになった。
    私がいろいろ調査をしていると、不審者のように見られて何をしているのかと聞かれる。それで「実は
    アカトンボを調べているんです」と答えると、急に警戒心が緩んで「ああアカトンボですか。なつかしい
    ですね」という答が返ってくる。そういう経験が重なって、どうもアカトンボは普通の虫ではないなと思
    うようになった。

  3)阪神大震災の時、ご夫婦ががれきの中に閉じ込められて救助がなかなか来ない。お互いに話すことも
    無くなり、だんだん声も出なくなってきた。そんな時、奥さんが何とかしなくてはと思って唄ったのが童
    謡「赤とんぼ」だった。奥さんはこの歌をずっと歌い続けた。何とか救出された時、旦那さんが“家内が
    唄ってくれた赤とんぼの歌が生きる励ましとなった”と語っておられたという。私が「風景」という言葉で
    考えようとしていたことが、これと関係するのではと思った。この歌がなぜ生きる勇気を与えるのか?
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  4)そもそも日本人は皆トンボが好きなようだが、ヨーロッパでは不気味な虫、悪魔の使いなどと言われ敬
    遠されている。では実際に今の人たちはトンボのことが好きなんだろうかと全国1,000人の小学校長宛に
    調査した。その結果98.5%の人が好きだと答えた。

  5)歴史的に見ると、古代の日本の国名「秋津島(あきつしま)」の“秋津”はトンボのことで、古事記の中で
    神武天皇が国見をした時、自分の国は蜻蛉(あきつ=とんぼ)の臀占(となめ=交尾)せる如くあるかな
    (トンボが交尾してつながっているように山々が連なっているという意味)」とおっしゃった。それから秋津
    島と呼ぶようになったという話がある。また、銅鐸等にもかなり頻繁にトンボが描かれ、深いかかわりを
    持っていたようだ。

  6)トンボはそのような特別な虫と位置づけられていたようだが、それはアカトンボと田んぼとの結びつきから
    来ているのではないか。アキアカネは雌雄2匹尾つながりになって田んぼのドロのところに卵を産みつけ
    る。小さい卵をたくさん産む。1個1個の卵に価値を置かず、色んな場所に産みつけることでどこかの卵が
    生き残ってくれたら良いという生活スタイルを取っている。いわゆるバラマキ戦法だ。子供が生きるかどう
    か予測がつかない不安定な環境に生きている生物の大きな特徴だ。氾濫原(河川の流水が洪水時に河
    道から氾濫する範囲にある平野部分)など彼らが住んでいた不安定な場所に人間が水田を作るようにな
    った。人間が水管理を行うことで、安定な場所になった。そのため、ほとんど死ぬはずだった幼虫の生存
    率が高まったため、どこにでもいるありふれた虫になったと考えられる。

  7)アキアカネは秋になって田んぼの稲が実った頃、山から一斉に降りてくる。“一斉”というのは、季節感を
    伝えるのに重要な役割を持っている。しかも“赤”は縁起が良いということで、豊かさ、豊穣のシンボルに
    なったと考えられる。そして、毎年毎年繰り返すということで、“再生”とか“永遠”というシンボルにもなった。
    そういうことから、水田稲作を基幹産業にする古代の日本の雅名(がめい;物の風流な呼び名)として「秋
    津島」が誕生したのではないか。武士の時代になっても幸運のシンボルとして勝ち虫、つまり勝利をもたら
    す虫ということで、兜などいろいろな武具の装飾に使われたのだろう。

  8)アカトンボが群れ飛ぶ風景は、以前はどこにでも見られた風景だった。そういう風景を見てどう思ったか
    をアンケートで調べた。“なつかしい”と答える人がもっとも多く、美しい、のんびり、あったかいが次いで
    多かった。“元気が出る”という人もいた。一応、“不気味、気持ちが悪い”という選択枝も用意していたが
    そういう答は無かった。

  9)身近にいるトンボは子供たちの格好の遊び相手であった。一方で、“トンボを捕ってはいけない”と戒める
    伝承もたくさんあり、“トンボを捕るとバカになる”とか“病気になる”という脅かしも残っている。佐渡ヶ島で
    は赤トンボを捕ったら赤い服が着られなくなるという女の子向けの脅しもある。こういう脅しがたくさんある
    のはなぜなのかという時に、一番分かりやすいのは「益虫だから」という理由だろう。しかし、益虫という概
    念は明治以降のことであり、それ以前にはなかった。むしろ、トンボを田の神であるとか、イネの精ととらえ
    るアニミズム的自然観に由来するものだろう。つい最近まで、われわれはそういう世界に生きていたことを
    忘れてはならない。

 10)『赤とんぼ』がなぜ日本人に好まれる歌なのかについてアンケートを取ったら、 “子供時代”とか“ふるさと
    ”、“原風景”という半ば予想された回答が多かった。正に、三木露風にとって『赤とんぼ』は原風景をうたっ
    た歌だ。そういう原風景というものが、阪神大震災の折りに瓦礫の下になった老夫婦の生きる支えとなった
    のだろう。

 11)では、その原風景とは何なのか?人類学者の岩田慶治さんが“近景、遠景、そしてそれをつなぎ止める感
    動”と、非常に単純な言葉で表現された。それを赤とんぼの歌に当てはめて考えてみると、竿の先に止まっ
    ている赤とんぼや負われて見た赤とんぼは近景の描写であり、「夕焼け空」が遠景になる。この歌の優れて
    いるところは、近景と遠景に日本のいたるところで普通に見られる赤とんぼと夕焼けを配置したこと。もっと
    優れているのは、三木露風の個人的な感情が描写されていないことだと思う。露風が歌の中に何を思った
    のか書いていない。つまり近景と遠景をつなぎとめる感動が歌われていないわけだが、その感動というのは
    あくまでもそれぞれ個人的なものだ。そういう個人的な感情をあえて入れないことで、『赤とんぼ』の歌を唄っ
    たり聞いたりする人が、自分の個人的な感動や感覚をそこに入れることが出来る。三木露風が勝手に悲し
    いとか何とか書いていたら押しつけの原風景になってしまう。それを言っていないというのが非常にあの歌の
    優れたところだし、ある意味で日本人の誰にも愛される曲になったのだろうと思う。

 12)最近よく日本の原風景という言い方がされるが、正しくは原風景を作る舞台のことだと思う。原風景はあくまで
    個人のものであり、生きる支えになるのは個人の原風景だと思う。我々は子供たちにそういう原風景の舞台を
    作ってやるべきだ。子供たちがそういう近景としての生き物とかかわる中で、遠景がやがてふる里の風景にな
    ってくる。自然というのも、遠くにあるというものでなく、子供たちが無意識に自然に触れ合うというのが大事だ。
    それがやがて大人になって原風景として意識される。その場合に、トンボをカミ様とみるようなアニミズム的な
    感性を育むことも重要だと思う。

 13)アカトンボをはじめ生き物を守るということは、単にそれらの生きものを守るだけでなく、様々な思いを込めて
    子供たちが生きものと触れ合い、やがてその経験が原風景に結晶する場、つまりふる里を守るということだ
    と思う。









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テーマ:兵庫県 - ジャンル:地域情報

  1. 2012/02/28(火) 11:15:31|
  2. 会議内容等
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プロフィール

せいごむ

Author:せいごむ
たつの・赤トンボを増やそう会へようこそ!私たちが住んでいる兵庫県たつの市は、童謡”赤とんぼ”の作詞者・三木露風の生誕の地です。三木露風が北海道で幼い頃の情景を思い出して詠んだのが”赤とんぼ”ですが、最近他の地域同様、赤トンボがかなり減ってきています。そこで、赤トンボを増やし、その昔三木露風が見ていた龍野の原風景を再現すべく、赤トンボを増やそう会を設立し、活動を始めました。皆さんも応援して下さいネ。

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